母という生き物 Pt.1

母という生き物について、今週から再来週にかけて3回に渡ってつらつら述べようかなと思います。いろいろな大人の都合で先に述べますが、記事で出てくるAちゃんは架空の存在です。

母という存在は、どういったものでしょうか。安心できる人、友達のような人、厳しい人、憎たらしい人、特に感想もなく普通の人…などなど母親という存在に抱く思いはみな様々です。また、息子か、娘か、長男長女か、末っ子かなどでも変わってくると思います。

あるところにAちゃんがいました。

小さい頃、Aちゃんにとって母は「ママ」でした。訳あっていつも近くにいなくて、寂しいと思うことがほとんど。その反面、保育園や学校に迎えに来てくれた時はとても嬉しく、他の子に「ママが来てくれた〜」と自慢したものです。Aちゃんは明るすぎるくらい明るくて、人を笑わせること大好きでした。Aちゃんはある時点でおばあちゃんと住んでいたこともありました。おばあちゃんは厳格で、周りは若いママやパパがいるのに自分だけどこへ行くにもおばあちゃんがついて行くことを恥ずかしがったAちゃんは、おばあちゃんに良く反抗したものです。その度におばあちゃんにきつく叱られていました。

ママは、良く家にいなかったせいで、おばあちゃんと毎日のように喧嘩していました。皿は飛び、警察は出動し、ママは深夜に病院に運ばれ切った手を縫ったことも。ママとパパも、「よういくひ」のことでしょっちゅう喧嘩していました。
そしてある日、パパはAちゃんの人生から姿を消しました。Aちゃんはそこから成人して以降も、パパとは連絡をとっていませんし、生きているのかも把握していません。

Aちゃんは学校に通って、良い子にすくすくと成長しました。おばあちゃんはママとは仲が大変悪かったので、ある段階で自分の家に戻り、ママとAちゃんを2人で残しました。司法というのは、今でも母の味方をします。その当時は、もっと母の味方でした。どんな母でも、母は母で、当時ママと住みたかったAちゃんはおばあちゃんではなく、ママと住めることに喜びました。Aちゃんは、その頃9歳。大人の都合なんて分かりません。

Aちゃんが10歳の頃、種違いの兄弟が生まれました。その子は、病気でした。でも外見だと分かりません。

Aちゃんが13歳くらいの頃、Aちゃんの兄弟はもう1つ病気を併発しました。ママは、入退院を繰り返す兄弟と、何もできないAちゃんと、助けてくれない社会に疲弊しきってどんどん壊れていきました。ママは働けません。ママとAちゃんは社会のお世話になることにしました。

Aちゃんが中学生になった頃、ママは「うつ」になりました。ベッドから起きれない、泣いてばかりいる。家には市から派遣されたお手伝いさんが来ていて、家事炊事を手伝ってくれましたが、Aちゃんはママの苦しみが分かりませんでした。だって、学校は楽しいです。友達もいます。好きな人も。中学2年生のAちゃんは、放課後笑い転げている自分は世界で1番幸せな人間だと実感しました。こんなに楽しいことはもうない。他方でママは、壊れていく一方です。

Aちゃんは、問題なく中学3年生になり、受験の準備を開始しました。元々勉強は好きでも嫌いでもなかったAちゃん。本腰をいれなくてはなりません。お金がないので、私立はいけませんが、公立に落ちたら話にならないので、滑り止めで私立も受け、特待生として受かりました。特待生でも、学費は高いことには変わりません。しかし公立の高校を、自分のレベルより少し落として受け、合格しました。見事、高校進学が決まったのです。

Aちゃんは、高校生になりました。ママは自分では料理をしなくなりました。家の整理整頓もできません。落ち着きのないママはどんどんおかしくなっていきます。Aちゃんとも衝突の毎日。そして高校3年生。ママは、「母親」になりました。

飛ぶ皿、飛ぶ参考書、飛ぶ教科書、飛ぶノート、学費を払わないという脅し、家を追い出すという脅し。追い出されてどこに行けばいいのでしょう。衝突に疲れたAちゃんは良く学校や塾に残って勉強をしていました。寝ても覚めても勉強。全ては国立の大学に入るため。家のことは放置せざるをえません。母親は、兄弟のお世話に疲れ、ありとあらゆる場所でトラブルを起こすようになりました。


Pt.2

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