【Thirsty】愛について Pt.3 ~Fin~【Thursday】

過去2回に渡って、愛についてコメントしてきました。⇨Pt.1 ⇨Pt.2
最終回の今回は愛という概念について包括的に思う事を述べて締めたいと思います。

愛が生殖活動を促すための感情に過ぎないという議論を一先ず脇に置くとして。また、サイコパスやソシオパスなどの、「愛」という概念を理解するのに困難をきたす人々も脇においといて。

人間 結局は、みんな、根底では愛されたいという願望があります。それは承認欲求かもしれないし、寂しさを埋めて欲しいという願望、頑張った自分が唯一甘えられる存在が欲しいという願望、自分と同じ価値観を持つ人間とより良い世界を作ろうという希望かもしれないし。はたまた ただの暇つぶしに過ぎないかもしれません。
人間1人でも勿論生きてはいけます。生活して、お金を稼いで、趣味に打ち込んで…それでも問題なく生きていけて、ある程度の幸せを感じるかもしれません。それで十分な人もいるでしょう。
ただ、「愛」というトリッキーな感情は1度経験すると、脳がその快感を覚えてしまって忘れられなくなってしまう…事も事実です。気がある…から始まり、デートを重ね、相手を良く知り、愛が深まる場合もあれば、1晩で相手の半生を知ってしまい楽しさがなくなる場合も。愛というのは現代では、一種のスパイスになってしまったような気がします。つまらない日常を盛り上げてくれるスパイス。愛とはSNS上でのステータスであり、自分の生活の暇つぶしであり、時として快楽の源であり….. 「愛」はとても安っぽい時代になってしまったと思います。
本来愛は人それぞれの形があるはず。性別・年齢・生死を超えてもっと奥深くまで染み渡るような、凄く深く静かなものなはずです。

だから現代の安っぽい「愛」になんらかの価値をつける文化は、いずれ「愛」という概念そのものすら消してしまうのではないかと危惧しています。愛は、暇つぶしでも、承認欲求でも、担保でも、金づるでも、ライク数でもないはずです。

愛は、受け入れる事で、そばにいる事で、心に留めておく事で、離れてても思う事で、そして一緒にいなくても相手の幸せを祈る事です。愛とは、自分と同じくらい相手を大切にする事で、相手を思いやり、礼儀正しく常識を持って接し、そしてふかーくふかーくながーくながーく思う事です。(ベッドの中でも!)

結局、いつかみんな死にます。いつかどっちかが先に逝きます。いつまで相手と一緒にいれるか分かりません。
歳と共に、そして一緒にいる年月が経てば経つほど疲れてきます。人生なので山あり谷ありで、必ずしも毎分毎秒相手を愛することはできないかもしれませんが、心の片隅のどこかで絶え間ない炎が燃えていればきっと「死が分かつまで」一緒にいれる事でしょう。


I love you, Millennials.

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